はじめから存在しなかった青春を想う
数日前、篠田昇さんが亡くなったそうだ。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0623/002.html
岩井俊二の「LoveLetter」「スワロウテイル」等の映画の撮影監督で、瑞々しい色彩とくっきりした画像なのになぜかソフトフォーカスがかかったような独特の映像を撮影してきた人で、個人的には岩井俊二の映画はさほど好きではなかったんだけど、映像はわりと好みだった。まだ52歳とは。
遺作(じゃないかもしれないが)となった「世界の中心で、愛をさけぶ」は、二週間ほど前に観ました。
「下妻物語」を観て、邦画にしては脚本の抜けが良くてなかなかの快作。特に土屋アンナの台詞がええなぁ、と思って心地よい気分でいたところ、すぐに「世界の中心で、愛をさけぶ」の上映時間であることを発見。現作読んでないんだけど、「お涙ちょうだいのぬるい映画なんじゃないの?」と完全になめてかかって観始めたんやが…
すんません。なめてました。
森山未來と長澤まさみ演ずる高校時代の回想シーンの恋愛物語が素晴らしい。脚本的にはよくある死に至る難病もののヒロインとの純愛物語なんだけど、この二人の演技(というよりたたずまいそのもの)がすごく良いんですよ。
この回想シーンで綴られる物語は、多くの人にとっては「あぁ、あんな時代があったなぁ」と思いを馳せるものなのかもしれないが、中高と男子校に通ってた僕としては、「初めから存在しない青春の風景」であり、自分の思い出とシンクロする訳でもなく、一種のファンタジーとして複雑な思いでスクリーンを観ていたのです。なので、物語に没入していた訳でもなく、共感していた訳でもないんだけど、この心に何かどんよりしたものが残る感じはなんなんだろう、と思いながらこのスクリーンをひたすら観察していたような気がします。
カセットテープから流れる長澤まさみの声、写真館で記念写真を撮るときの張り裂けそうな心を悟れらないようにくいしばる森山未來の表情、ヘッドホンをしている長澤まさみ、2代目Walkman、ラジオから流れる佐野元春「Someday」、ノスタルジックな町並み、若い二人の揺れる感情を表すかのような篠田昇の映像、その映像とともにノスタルジックな世界を立体化させる僕の好きな「めいなCo.」の劇伴音楽と、エンディングで流れる平井賢の「瞳をとじて」、、ココロのツボをぐーっと押されるポイントの数々に完全にやられた。
CMを見る限り、主演は大沢たかおと柴崎コウだと思っていたけど、この二人は全然主役じゃないし(というか、柴咲コウは全く必要ない)、姿を消した柴崎コウがテレビの台風中継になんで偶然映るねん!とか、大沢たかおが学校にどかどか侵入してるけどこの学校のセキュリティどないなっとんねん!等、ご都合主義的な突っ込みどころも多いのですが、そんなのはこの映画にとっては鼻くそみたいなもんで、この映画の感想といえば、長澤まさみ!長澤まさみ!長澤まさみ! 森山未來!長澤まさみ!と連呼すればそれでOK!ってな気分。
いや、「下妻物語」も良かったですよ。